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伊勢神宮にパワースポットなんてない

こんにちは、旅のトラウマ舎のOです。

伊勢神宮とスピリチュアルに関するおはなし。

伊勢という土地柄

伊勢には伊勢神宮があります。

日本でも有数の神社で、全国から参拝客が訪れます。参拝の目的は人それぞれではあるのですが、伊勢神宮の”パワー”を求めて参拝にいらっしゃる方も少なくありません。

神宮の杉はパワーがほしいということでたくさんの方に抱きつかれ、皮がつるつるになってしまっていますし、なんてことないただの石をパワースポットとありがたかって手をかざす行為も見て取れます。

伊勢神宮にパワースポットは無い

これは、神宮庁舎が断言しているものとなります。

伊勢神宮のウェブサイト上に、以下のような項目があります。

Q. 神宮内にパワースポットはありますか?
A. 特にそのような場所はありません。神宮は2000年以上祈りが捧げられている聖地ですので、あえていうなら神域すべてがそうなのでしょう。近年、内宮の四至神や外宮の三ツ石に手をかざす方がいますが、神様をお祀りする場所や祭典に用いる場所ですので、ご遠慮ください。

(伊勢神宮のHPから引用・リンクは下に記載)

ここまでハッキリと断言されている、パワースポットという存在を盲目的に信ずるのはかなり馬鹿らしいことです。

伊勢神宮の「ギモン」と「ふしぎ」 │ 神宮

木に抱きつくのもそうですし、石に手をかざすのもそう。回り方がどうとか、浄化だとか待ち受けがどうとか全部無駄ですし関係ないんです。

伊勢神宮のインスタグラムの投稿に毎回「ありがとうございます、いつも感謝✨️」みたいな返信してるのもなんなんですかね、あれ。めちゃめちゃ不気味ですよマジ。見たことない人一回見てみてください。

パワースポットという幻想

パワースポットという言葉が非常に曖昧なものではあると思います。

私はスピリチュアルな意味でのパワースポットはクソくらえと思っていますが、各個人に「行くと元気が出る場所」という意味でのパワースポットは存在すると思っています。雰囲気が好き、景色が好きなどいろんな要因で元気が出るというのはままあることです。

この2つを混同してはいけません。

伊勢神宮においても、神宮が好きで空気感が落ち着く、だから私にとってのパワースポットだ。というのなら、何も否定することはできませんし素敵なことだと思います。

しかし、スピリチュアルな意味で”パワーを得られる”と思って参拝しているのであれば、あまりにも傲慢と言えるでしょう。

勝手にさせてくれと言われればそれまでの話なのですが、伊勢神宮の話をしていて”パワー”や”ご縁”といったワードが出てくると顔が歪みます。

伝える側の責任

伊勢神宮に限らず、全国の神社やお寺・絶景スポットなどにパワースポットという忌まわしき言葉が付きまとうのには、伝える側の怠慢もあります。

ライターをしていますが、寺社仏閣の歴史や由緒を正しく伝えるのはかなりの苦労です。出来事や由来が昔の出来事であり、そもそも神話のことなのか実際に起きたことなのか分からないことも多々あります。

そういった場面で由緒を記事のウリにするより、抽象的で個人差がある「パワースポット」というワードを使うほうが伝える側としては楽なのです。

そして、パワースポットという都合のよい存在には傲慢な読み手や視聴者が飛びつきます。結果として、苦労して難しい内容をコンテンツ化するより多くの反応を得られるのです。

もともと人によって感じ方が違うものであるため、寺社仏閣側の校正が入らない小さいウェブメディアなどではストップも入らず、管理者側としては意図せず「◯◯なパワースポット」なんてチープな売り文句を付けられてしまうのです。

これは、テレビ等においても同じことかと思います。

伊勢神宮のように神社や寺院自体がパワースポットを否定しているのに、未だに根強くパワースポットとして評価されているのは、このように伝え手・書き手の怠慢があったからではないでしょうか。そして同時に、騙されてしまう愚かな読み手や視聴者が居たからです。

ライターとして安易なワードに逃げず、コンテンツや場所・対象と真摯に向き合っていきたいところです。そして情報の受け手は、都合の良い言葉に騙されず、本質の部分を見られるように精進しなければなりません。

この記事を読んで、パワースポットのミラージュから目を覚ましてくれる方が1人でも居れば嬉しいです。パワースポットなんてないから。

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